山形県議会議員・後藤源応援ホームページ

ホーム TOPICS 私の提言 自己紹介

米沢大売り出しの年

太平洋とつながる米沢

 東北中央自動車道が米沢北インターまで開通しました。長い道程でした。

 基本計画が決定したのが平成3年12月ですから、約26年経過しての完成です。

 整備計画に格上げ運動、施行命令が出るようまた運動、要望、陳情活動に、何度国土交通省や自民党本部に足を運んだことやら。

 その間に道路公団が赤字で民営化されたり、民主党に政権が変わったりで度々足踏みはありましたが、地元の熱意と関係当局者のご理解でこの度の開通を迎えました。

 私も県議会議長の時、高速道の中心杭杭打式に参列する機会に恵まれ、杭を、力を入れて打ちました。その後、平成19年1月の建設常任委員会で追加インターの設置を提唱しました。県が主体となり国交省が認め、地域活性化インターとして整備されたのが米沢中央インターです。追加インターが決定するや次に提唱したのが高速道路の車を降ろす方策として「道の駅」の設置でした。追加インターと道の駅を関連づけて訴え取り組んできました。

 高速道路の開通が間近になった平成27年、インターの名称が正式決定される時期となり、仮称・・米沢インターを日本で中核工業団地第一号の八幡原中核工業団地を広く発信するため、八幡原の名称を付けてほしいと八幡原企業協議会の皆さんと相計り国交省に要望した。その結果決定した名称が「米沢八幡原インター」です。

 多くの課題がありましたが、関係者のご努力で乗り越え喜びの日を迎えました。しかし高速道路の完成がゴールではありません。地域発展のスタートに辿り着いたということです。今年、平成30年度には南陽高畠から山形上山間が開通し、明後年には福島相馬間が完成する見通しです。米沢が高速道路で太平洋と結ばれる日は間もなくです。高速道路の恩恵をいかに生かしていくか、英知の結集が問われる大切な今年一年です。

今度は板谷峠(鉄道)の改修だ

 待ちに待った高速道路が米沢北インターまで開通した。道路の難所栗子峠が8972mの長大トンネルの完成により解消した。

 次は鉄道の難所、板谷峠の改修だ。戦後間もなく我々の先輩が急勾配の板谷峠を煙を吐いて登る蒸気機関車から力の強い電気機関車に換えるべく強力に運動を展開した。当時占領下でもあり、GHQ(連合軍)の承認も必要であった。工事中止の通知などもあり、艱難辛苦の末、昭和24年4月に竣工した。

 あれから約70年を経て鉄道は新幹線の時代に入った。豪雨で止まり、吹雪、積雪で止まり、カモシカにぶつかり止まる、奥羽本線の難所福島米沢間の板谷峠の改修が急務です。

 国会議員の後押しもあり、JR東日本が平成27年から約2ヵ年をかけて板谷峠の防災対策を調査しました。その結果を昨年11月29日県に説明しました。

 その内容は、庭坂、米沢間を長大トンネルで結び、雪や雨の影響を回避、土砂災害、雪崩などの自然災害から避けるというものです。全体延長が24.9q、トンネル区間が23.1q、整備費用が約1500億円、フル規格断面とした場合、プラス120億円、そして工事期間は着工より約15年との調査概要が出されました。

 12月27日衆議院議員鈴木憲和事務所にJR東日本本社から3名来て頂き、調査内容の説明を受けました。仮に事業を進めるとしても、着工前に環境アセスメントの調査並びにトンネルの詳細調査設計に少なくとも5年はかかるとのこと、工事期間と合わせれば完成するまで20年を要します。

 今、県は奥羽新幹線実現をと地元マスコミを巻き込んで声高に叫んでいるが、基本計画の奥羽新幹線が整備計画に本当に格上げになるのか、仮に整備計画に上がったとして着工及び完成の見通しは何十年先なのか。

 今取り組むべきはフル規格の奥羽新幹線よりも、このJRで調査をした福島米沢間の防災対策、即ち板谷の長大トンネルの実現です。喫緊の置賜の大きな政治課題です。

 米沢は山形県の玄関口です。米沢から板谷トンネル改修の声を上げよう。

憲法改正は当然

 昨年5月3日憲法記念日に、安倍首相が憲法9条に関して、1項2項を残して自衛隊の存在を憲法に明記する方向で憲法を改正したいと発言された。この発言を機に憲法論議が盛んになったこと大変良いことです。国の防衛任務に黙々と精励し、PKO活動を通して世界平和にも貢献し、災害が発生すれば昼夜を分かたず出動する、国民から信頼を得ている自衛隊が憲法違反であるという憲法学者が数多くいることも事実です。戦後70年以上も平和を維持できたのは憲法9条のお陰ではなく、日米安保条約と自衛隊の存在があってのこと、厳然たる事実です。どのような表現になるかはともかく、自衛隊を憲法に明記することは躊躇なく賛成です。現憲法はどうして作られたのか。日本が戦争に負け、GHQ(連合国総司令部)の占領下に置かれた時に、GHQから憲法草案を提示され批判を許されない環境下で作られたのが今の日本国憲法です。連合国の監視下のもと、主権のない時期に制定された憲法を70年も改正しないで今日に至っていること自体異常と考えます。

 昭和27年占領が解かれ、独立を回復した時に日本人の手によって日本国憲法を改めて作るべきであったと思います。日本の長い歴史と伝統文化を高らかに謳い、日本人として生まれたことを誇りに感じる格調高い前文があって然るべきとも考えます。しかし、憲法 改正は衆参両院3分の2以上の賛成により発議され、国民投票に委ねられます。よって国民から同意の得られる条項のみが改正案として出されることでしょう。何度も改正を重ね、日本の国柄を誇りを持って世界に示す日本国憲法が近い将来制定されることを切に願っています。

車のナンバープレートを「山形」から「米沢」へ

 昨年3月米沢牛が「地理的表示(GI)保護制度」に登録された。特定の地域の産品を国が知的財産として認定し守るというものです。さらに置賜3市5町が一丸となって「定住自立圏構想」に向け取り組まれるとのこと、国の財政支援も期待でき、周りの市町と中心市米沢市との連携が必要とされる。3月市議会で米沢市が圏域の「中心市」を宣言する運びとなっている。置賜は一つづつ・・・・と揶揄された時期もあったが、定住自立圏構想で真に置賜は一つとなって事業を進め、各市町の発展それが置賜全体の底上げにつなげてほしいものです。そこで、自動車のナンバープレートにご当地ナンバー制度があります。全国に知られた地名の名称をナンバープレートに明記してもいいと国交省運輸局が通達を出している。ナンバープレートの地名は動く広告塔です。東北では会津、郡山、盛岡、平泉があり、県を跨いだ富士山ナンバーも動いています。三陸や伊勢志摩も認可に向け動いてると報道されています。車のナンバーが「米沢」になれば米沢牛を思い浮かべて頂けることでしょうし。置賜の住民意識が一つになることによって置賜の連携がより強くなるのではないかと考えます。我が市、町が「山形」より「米沢」が、より身近だと思って頂ければよいのです。「米沢」ナンバーの設置運動を進めよう。

 今年の米沢は高速道の開通効果を更に高め、4 月に「道の駅米沢」のオープン、定住自立圏の「中心市」宣言、鷹山公米沢入部250年、米沢牛のGI登録、高速道南陽高畠・山形上山間の開通と、米沢を売り出す絶好のチャンス到来です。
米沢大売り出しの年にしよう。

 


後藤 源 事務所 住所:米沢市金池1-4-7  TEL.FAX. 0238-24-7040
Copyright (C) 2009 GOTOU-GEN All rights reserved.