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米沢中央インター設置と道の駅米沢開業を実現

山形への入り口にふさわしい施設が完成

 平成15年、道路公団が民営化されることとなった。採算の合わない工事難航区間は国が責任を持って整備し、民営化した会社の道路と繋いでいく新直轄方式という、県も費用を一部負担する方式が生み出された。新直轄方式の区間は税金で作る道路であるから料金は取らないことが発表された。間もなく福島・米沢北間が新直轄方式と決定した。
 ならば、高速道と県道(主要地方道)米沢高畠線の交叉する上郷川井地区にインターを追加すべしと、県議会建設常任委員会で提唱した。24年4月、国交省から追加インターとして認可を受け、米沢中央インターが出現した。 高速料金不要区間のインターであるから、高速道路を通る車を米沢に降ろすにはインター付近に道の駅を作るべきとあらゆる機会を捉えて訴えた。
 市が検討委員を選任して諮問した結果、道の駅設置が決定した。安倍政権の地方創生が熱を帯びていた時期であった。国交省では全国の道の駅の20〜30ヶ所をモデルに指定して、地域活性化の拠点にしようという目論見があった。早速親しくしていた石破茂地方創生担当大臣に陳情し、その足で国交省官房長(当時)西脇隆俊さんに向った。西脇さんは昭和から平成の頃、山形県庁に総合交通課長で来られた人で、それ以来のお付き合いであったので、米沢市で計画中の道の駅を国交省のモデルに指定して欲しいと強く要望した。年が明けた平成27年1月30日、重点道の駅として全国35ヶ所の一つとして発表された。
 その後の経過は省略するが、昨年4月のオープン以来、今年2月には150万人目の入場者が新聞で報じられた。同時に道の駅の建物の東側に、栗子隧道碑記という大きな石碑が道の駅オープンと同時に除幕式が挙行された。これも国交省の西脇さんに何度もお願いし、福島河川国道事務所管内にあったものを米沢の道の駅に移転建立が実現したものです。実現できたのは人脈のお陰だと思っています。
 高速道開通が間近となり、仮称米沢インターが、黙っていると仮称が取れて米沢インターと名称が決定する。決定する前に国交省と話をする必要がある。八幡原中核工業団地は日本第1号であり、その名前が全国に広まっている。インターに八幡原の名称をと八幡原企業協議会から要望書を提出してもらい、国交省にお願いした。結果、仮称米沢インターが、米沢八幡原インターと名称が決定した。

道の駅米沢起工式で祈願する後藤県議
▲道の駅米沢起工式で祈願する後藤県議
地方創生の担当大臣である石破氏に直接お会いし「米沢道の駅」をモデルに要望
▲地方創生の担当大臣である石破氏に直接お会いし「米沢道の駅」をモデルに要望
(26年11月4日)
道の駅米沢を視察する石破元地方創生大臣
▲道の駅米沢を視察する石破元地方創生大臣(平成30年4月12日)
道の駅米沢オープンで祝辞を述べる
▲道の駅米沢オープンで祝辞を述べる(平成30年4月20日)
道の駅米沢オープンテープカット
▲道の駅米沢オープンテープカット(左から3人目後藤県議)


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